第一章
第一章(裕子と別れ)
ある村の建物から人工的な機械音が響いた。何かを知らせる音らしい。
「ピューピュー」
だが、真っ暗で誰も人がいると思えない。
それだけでなく、窓もないのだから地下室だろう。
その音が何なのか、それを、探そうとしたとしても、その地下室にはガラクタだろうと思われる物が多すぎて探し出せない。
もしかすると壊れた機械が何かの拍子で鳴っているのかもしれない。
それは、当然かもしれない。
必要ならば、ごみ置き場のような地下室に置いておくはずがないからだ。
「充電が完了しました。一日の行動計画を実行する時間です」
カタカタと、凄く原始的な、茶運び人形が動くような音が響く、もしかすると、機械として動くのには限界なのかもしれない。
そんな音が響いた。
この音なら地下室に人が居れば場所の特定ができるだろう。
すると、質素で飾りのない椅子に、白い巫女服の様な現代でも若い女性が好んで着そうな服を着た。
少女のような女性が座っているのが分かるだけでなく、人が背伸びするように両腕を上に上げて身体をそる動きをした。
まるで、隅々まで電力を行き渡せるような感じを見ることができるはずだ。
「実行」
少女のような女の子が許可するような言葉なのだが、なぜか感情が感じられない人工的な声だった。
たが、数分が過ぎても何も起きる様子がなかった。
そのためだろうか、自分の両腕を後ろに回して、ゴソゴソと何かをしているようだった。
「強制切断」
と、同じように感情を感じられない言葉を吐くと同時に人工的な音が響いた。
その音は接続されていた配線が抜けたような音だった。
そして、椅子から立ち上がったような音が響くと直ぐに、老婆とも思われる片足を引きずるような歩き方の音に変わった。
そのような身体機能の欠陥で、どこに向かうのだろう。
その者は地下室を出ても止まる気配も、行き先を探すでもなく歩き続けて、ある扉の前で止まった。
そして、ゆっくりと腕を動かして扉のノブを掴んだ。
これが、第二段階なのか、感情があるかのように笑みを浮かべたのだ。
それだけでなく、先ほどのゆっくりの動作でなく、人らしい動きで扉を開けて、寝ている者の寝顔を見た。
そして、寝台に近づくのだ。
だが、動きを早くしたからだろうか、無理やりに機械を動かす鉄の擦れる音が微かに聞えた。
やっとと言うべきだろう。
寝台に着くと直ぐに右手を動かして、寝ている者の頭を撫でるのだ。
もしかすると、笑みを浮かべた理由だったのだろうか、だが、優しい触り方なので、触られた者は起きる事がなかった。
「ご主人様。朝ですよ。起きてください」
先ほどと同じ者なのだが、感情をはっきりと表し、可愛い少女のような若い声色だった。
もしかすると、寝ている者の寝顔に反応したのだろうか、それを確かめることは出来ないが、優しく起こされている者は、背中に蜉蝣に似た羽(羽衣)があり。
左手の小指に赤い感覚器官(赤い糸)を持っていた。
その器官は、蛇のように動いて運命の相手がいる方向を方位磁石のように示すだけでなく、結ばれるための試練も示し、身体の危機がある場合は、伸び縮みして拳銃の弾もはじくのだが、当然、伸び縮みして剣、槍のように武器にもなるのだ。
この蛇のような不快を感じる器官を持つ者は、邪なことを常に企む顔を持つ者。そう思われるだろう。
だが違っていた。
女性のような柔和な顔で、身体も痩せて戦うことに適していない者だった。
一番適した職業と言えば僧侶だろう。
それを、神も感じて、千年は続く三角山神社の跡取り息子として生まれた。
その名は、天家(あまけ)新(しん)だった。
それなのに、男を一人残して里の者は全て亡くなってしまったのだ。
それなら、男を起こす者は幽霊かと思われるだろうが似たような者だった。
今では信じる者は、神社の跡取りの男以外は誰もいないが、一万年以上も生きていると、少女は、それを教えるのは主と認めた者と、その家族だけ、そう言うのだった。
「御日様の光は気持ち良いですから早く起きないと損をしますよ」
それが、証拠のように片足を引きずって歩くだけでなく、老婆のように前屈みで歩いて窓のカーテンを開けていた。
勿論と言わなければならないが、この時代では空を飛ぶ機械もなく、地を走るのは馬車のような物しかなかったのだが、驚くことに少女としか思えない若い表情で服装も見た目も少女のような姿なのだ。
変だと思うだろうが、耳を澄ませば、歩くと歯車の音と、鉄と鉄が擦れる音が聞こえる。
それと、口癖のように・・・・・・・・。
「ご主人様は、雲よりも上の宇宙と言う世界から現れた末裔なのですよ。
何を子供のように駄々をこねるのです。
御日様を体に感じるのは幸せな事なのですよ」
「分かった。起きるから朝食の用意を終わらせてくれ、その間だけ寝る。その後は、必ず起きるから頼む。もう少し寝かせてくれよ!」
「分かりました」
また、歩くと機械仕掛けの音が響くのだが、何歩だが歩いた音がした後・・・・。
「また、その・・・・・・・・・・・朝食の用意をした後に起こしにきます」
演技なのか、それとも、苦労して作ったとしても、起きるのを待つとなると料理が冷めるのが心配なのか、悲しそうに言うのだった。
そして、男は、自分が泣かす程の悪い事をしたと感じて起きるのが毎日だった。
「俺が悪かった。裕子。直ぐに起きる!」
寝具から飛び起きると、直ぐに寝巻きから普段は着ないが、裕子の用意した旅装の服の様でもあり。
狩り用の服にも近く、袈裟の様でもある白い服に着替えた。そして・・・・。
「朝の御日様は気持ちいいな!」
開けてもらった窓から太陽の光を浴びながら背伸びするのだった。
「それでは、朝食を作って食卓の上に並べて置きますね。その間に顔を洗って目を覚ましてくださいね」
「分かった。分かった」
「ご主人様が好きな料理を作るのですから早く来てくださいね」
また、老婆のように機械仕掛けの音を響かせながら部屋から出て行った。
その様子を見送った後は、急いで寝具を整えて洗顔するのに井戸に向かった。
また、変だと思われるだろう。
ご主人様と言われる者が、自分で井戸の水を汲んで洗顔などをするのかと、まあ、洗顔は良いとしても、何故、寝具を整えるのかと思われるだろう。
それは、若々しい声だが動き方が老婆としか思えない様子なので、少しでも長生きして欲しいために、自分で出来る事は自分ですることに決めていたのだ。
これが一番の理由だが、それに、任せても時間が掛かる。そう言う理由もあった。
「今日は何だろうか?」
井戸で洗顔を終えて、使用後の桶を脇に置いて、台所の方に視線を向けると、小窓から顔が見えた。
それは嬉しそうに料理を作っていたのだ。
その顔を見るのも嬉しいのだが、笑みから判断すると、自分の好きな料理を作っていると判断が出来る。
嬉しくて駆け出したかったが、転ぶと危ないと、子供のように心配するのだ。
確かに、幼い頃に裕子(ゆうこ)の誕生日を聞いた時に製造されて一万年は過ぎました。と言われた。
その意味は分からなかったが、一万年は生きているお婆ちゃんなのかと驚きと同時に、自分が大人になっても子供のように接するのだろうと感じてしまった。
そう思ったのは正しかった。
「裕子。出来た?」
本当なら「裕子お婆ちゃん」と言いたいのだけど、子供の時に泣きそうな表情を浮かべたのと、自分を「新(しん)坊ちゃま」と言われるのが嫌で、「ご主人様」と言う変わりに「裕子」と呼ぶと、二人で指切りまでして約束したのだ。
「まだですよ。紅茶を作って置きましたので飲みながら待っていて下さいね」
食卓の上に、紅茶専用の容器と湯飲みが置かれてあり。自分で湯飲みに注ぎ、飲みながら待つ事にした。
そして、食卓の上に一品の料理が置かれたので、自分で、ご飯と味噌汁を装って食べ様としたのだが・・・・・・。
「ご主人様。待ってください。後、二品があります」
「凄いな、今日って何か特別の日だった?」
「いいえ。何か今日は、どうしても坊ちゃまの笑顔が見たいと思ったのです」
「そうか」
「はい」
本心から嬉しいと、まるで、微塵も邪気の無い赤子のような笑みだった。
「頂きます」
まあ何て言うべきか、新の食べ方は美味しく食べていると感じるが、美しい礼儀があるとは思えない。
まるでリスのように口の中に溜めて蛇のように飲み込んでいる姿だった。
だが、料理を作る方では気持ちの良い食べ方とも思えた。
「凄い食欲ね。美味しい?」
「うんうん」
「良かったわ。でも、食べ終えたら、歴史の勉強の続きですよ。この地では最後の赤い感覚器官を持つ者なのですから、先祖代々の歴史を後世に伝えなければなりません」
「その最後の血筋が僕なのだよね」
「そうよ。でも・・・・・正確に言うのなら・・・・・」
その星(地球)が観測され始めてから数十年後に、就任する地球に着くのだが、星を一目だけ見るのと同時に命の火が消えてしまったのだ。
それでも、供と婚約者の一族は生まれ育った星に帰れるはずもなく、主の転生を信じて全ての者が地球の地で生きる事を決めたのだ。
それから、数千年も地球の第一文明として謳歌した。
だが、その頃になってから、何故か生まれた星と地球の気候に遺伝子が拒否反応したのか、それとも、地球に衛星がなかったのを無理やりに衛星にした反動からだろうか、人体に拒否反応が始まって、出産機能の低下だろう。
子供の人口が減り続けた。確かに、微かな重力の変動でも生物に影響が出ることは証明されていた。
元々、地球の巨大生物とは共存を考えて、地球に影響がでないように計算して、ゆっくりと地球に近寄ったはずなのに、微かな月の引力の変動で巨大生物は絶滅したのだ。
その生物と同じように絶滅を恐れて、人々は逃げるように月に帰って行ったことで、事実上、第一文明は滅亡した。
「ああ、そうだったね。それから・・・・・」
第一文明が滅亡してから数千万年後、月でも人口が増えて、また、地球の地に降りることを考えた。
これが、第二文明の始まりだが、地球に降りると、予測された通りに出産機能の低下が始まり子孫が減り続けた。
そして、最後の手段として、地球の生物の遺伝子と自分たちの遺伝子を結合して子孫を残そうと考え出され、これは成功した。
その直系の子孫が新であり。現代文明の先祖であった。
だが、その為に、純血族は消えた。
「そうです。ご主人様。第二文明からが正確な先祖です。そして、今が第三文明です」
「その文明の区切りが複雑だよね。憶えるのが複雑で嫌になるよ」
「何てことを言うのですか、ご主人様」
「ごめん、ごめん。あっ、そうそう、神社の裏山が、第二文明の名残だったね」
「憶えていましたか、うっうう、安心しました。それで・・・・・」
第二文明が滅んだ原因は、極端に血族を愛し続けたからだった。
それも、自分のお腹を痛めて生まれた子だけでなく、遺伝子の繋がりだけの血族を愛し続けて、最後には自分の命も犠牲にするほどまで愛情を示したのだ。
なぜ、そこまで、と思われるだろうが、理由があったのだ。
第二文明の末期には、純粋の血族が一万人に一人の確立でした生まれなかったからか、それとも、心底から命がある全てを愛する人々だったのかもしれない。
だが、現代人には理解が出来ない思考だろう。
例を挙げるならば、猫に自分の遺伝子が入れられて誕生したとしても、自分の命や同族の命まで犠牲にして守るはずがないだろう。
それも、顔が像や牛など様々な遺伝子を持つ者だった。
もしかすると全ての生物の遺伝子を使用したはずだ。
その者たちを擬人と呼ぶが、その中でも特に愛されたのは、猿の遺伝子を持つ者たちだった。
確かに、猿の遺伝子として生まれた者たちは、獣としての力がなにも備えていなく、誰かが守らなければ真っ先に滅ぶ運命だった。
それ程までにかよわい者たちだったからだろうか、第二文明の多くの人々が擁護していたのだが、擁護した擬人たちを第三文明の主と考えて、守ると同時に、他の擬人を攻めるだけでなく、第二文明人との同士討ちまで発展したのだ。
「裏山にある遺跡が、その流れの一つの一族だね」
「そうです。それだけでなく、恐らく、最後の生き残りが、ご主人様なのです」
「うん」
「それも、最後の赤い感覚器官を持つだけでなく、第二文明人の直系の子孫なのです。これだけは忘れないでください」
「分かったよ。それよりも、また、豪華な食事を作ってくれよな」
口の中の物を一気に飲み込んで、一番の興味あることだけをハッキリと伝えた。
「はい。本当に、美味しく食べますわね。料理を作る私も嬉しい・・で・・・・・・・す」
玩具の機械人形が、電池が切れたようにぎこちない動きのまま固まってしまった。
「お替り。あっ、眠いのか、なら、俺が自分でご飯をよそうよ」
食欲に気持ちが優先しているのだろうか、裕子の様子に気が付かないのだろうか、それとも、今まで不審に思っていたのだ。
寝ている様子を見た事がなかったので、人らしき様子を見て安心と同時に、本当に眠いと感じたのだろう。
それで、自分でお替りをよそった。
「ご馳走様・・・・・・ん?」
食欲が満ち足りて、やっと関心が裕子に向いた。
それでも、顔だけは視線を向けていたのだ。嬉しそうに微笑む笑顔が好きだった。
その笑みを見るだけでも食欲が増す笑顔だったからだ。
でも、顔だけでなく体全体を見ると、どの様に考えても気持ちよさそうに寝ているとは思えない。
まるで、時の流れが止まったように動かないのだ。
「寿命が来たのか?」
信じられないと何度も同じ事を呟きながら涙を流していた。
「・・・・・・」
でも、裕子は何も答えない。
「里の皆が疫病で死んで、もう十年が過ぎた。その間は少しも寂しいと感じなかったよ」
「・・・・・」
「だって、いろいろな話もしてくれたし遊んでもくれた。洗濯が大変と言いながら、一緒に泥まみれにもなってくれたよね。本当に楽しかった」
「・・・・・」
何も答えてくれないが、笑みを浮かべたままなので話を聞いてくれていると感じたのだ。
「今まで僕の事が心配で寝てなかったのだろう。だから、眠くなったのだよね」
「・・・・・・」
「そうだよね。だって、一万年以上も生きていたのでしょう。なら、死ぬはずがないよ」
「・・・・・」
「もう、寝たふりなのでしょう。遊んでいるのでしょう。負けを認めるから動いてよ」
「・・・・」
「動いて、動いて、動いてよ」
何度も同じ言葉を吐きながら泣き続けた。
それも、一時間、五時間と泣き続けた。
普段なら空腹を感じる頃なのだが、裕子が笑みを浮かべたままの姿を見つめ続けた。
もしかすると裕子の笑みを見るだけで満腹を感じるのか、それは分からないが、目も瞑ってないのかと思えるくらい動かずに、裕子を見続けて涙だけを流していた。
もしかすると、走馬灯のように昔の夢でも見ているのかもしれない。
「そう言えば、小さい頃は憶えてないけど、一度だけと思うけど、里を出たい。
旅に出たいと泣き叫んだ事があったね。
あの時は、裕子は悲しそうな表情を浮かべたね。でも、今考えても何が理由で喧嘩して旅に出ると叫んだのだろう。
「・・・・・」
「僕は憶えてないけど、裕子は憶えているのだろう」
「・・・・」
「でもね。憶えてないけど、何て言われて泣き止んだか、それは憶えているよ」
「・・・・・」
「成人の年になれば、嫌でも旅に出ないと駄目だって言ったよね。
でも、もう、二十歳になったよ。
成人から三年が過ぎてしまったけど、まだ、旅には出ていないね。
もしかして、今日の料理は、大人になったのだから旅に出なさいと、それを言うために、気持ちを落ち着かせようとしたのかな、それとも怒る気持ちだったのかな?」
「・・・・」
「もしかして、大人なのだから自分で決めなさい。それで黙っているのだね」
「・・・・・」
「うん。分かったよ。
左手の小指の赤い感覚器官の導きを信じて、人生の連れ合いを探す旅に出るよ。
でも、裕子よりも美人で優しくて料理が上手い人はいないと思うな」
「・・・・」
「ああっ何も言わなくていいよ。何か言われると旅に出る気持ちが揺らいでしまうから」
「・・・・」
「旅の用意をしてくるよ。出来たら直ぐに旅に出るね。そして、運命の人を探し出せたら、必ず裕子に会わせるために帰ってくるからね」
涙が枯れたのか、泣いていると心配すると思ったのか、もう泣き顔でなく、微かだが笑みを浮かべていた。
そして、用意が出来ると・・・・・。
「行って来ます」
新は、顔の筋肉を引きつりながら出来るだけの笑みを浮かべて、手を振りながら部屋から出て行った。
そして、家から出ると、玄関の鍵を閉めるかと悩んでいたが、裕子が寝ていると思いたいのだろう。
その眠りを邪魔されないように鍵を閉めると決めた。
そして、誰も徴兵から帰って来ないと思うが、もしも帰って来た時の場合に、里の者だけが分かる場所に鍵を隠した。
「東か」
左手を腕時計でも見るようにして、小指の赤い感覚器官を見た。
それは、蛇のようにくねくねと動いていたが、突然に固まったように動くのを止めて、東の方向を指した。
だが、道は北の方向にしかない。
山でも登って東の方向に向かうかと、一瞬だけ考えたのだろうが、東に向かわずに北の道を歩き出した。そして、体が疲れを感じる頃・・・・。
「東に向かう道があると思ったのだが、北に真っ直ぐに向かう道しかない。どうするか?」
途方に暮れて悩んでいたが、思案すると言うよりも、裕子が隣にいると思っていた。
まだ、自分が考えて行動する考えもない。
まだ、親鳥が居ないと何も出来ない雛鳥(ひなどり)と同じなのだ。
それと、まだ、亡くなったと思えない気持ちもあったし、一万年も生きているのだ。
一時の眠りかもしれない。
「ねえ、裕子。どうしたらいいかな?」
つい、裕子が声の届く範囲にいると思ってしまった。